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福岡高等裁判所 昭和25年(う)535号 判決

被告人

坂田藤次郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審の国選弁護人に支給した訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人古賀俊郎の控訴趣意第一点(犯罪の不成立)について。

弁護人の論旨によれば、被告人に対する宇佐町長の本件供出数量の割当決定は、(一)食糧調整委員会の議決を経ておらず、(二)公示の手続を欠き、(三)被告人に対する通知がなされていないので、その効力がなく、従つて被告人には供出義務違反の責ありとするに由なく、犯罪成立の余地がない。なお被告人は、自己に割当てられた供出数量の通知に接せず、自己の供出すべき数量を知らなかつたので、被告人には犯意なく、この点からしても本件について有罪とせらるべきいわれはない。というのである。

(一)  食糧調整委員会の議決について。

原審第二回公判における証人青木武徳、同広岡忠夫、同第三回公判における証人恵良肇の各供述によれば、宇佐町食糧調整委員会(恵良証人の証言中農業調整委員会とあるのは、本件供出の割当が昭和二三年度産米に関するものである点からして、食糧調整委員会の誤りであると認められる。)においては、供出数量の割当について、実情に即した最も公正な結果を得るために最も適当な方法として、各生産者に対する供出数量の算出方を、各部落選出の食糧調整委員及び生産組合長に委任する旨の議決をし、各部落選出の食糧調整委員らは右議決にもとずいて、最も公正と思料される数量を算定し、町長は、右に従つて本件供出の数量を決定したものであることが認められるので、宇佐町長の本件供出数量の決定は、食糧調整委員会の議決を経ないでされたものであるという論旨は当らない。

(二)  供出数量の公示について。

宇佐町長が本件供出数量について、その公示をしなかつた事実は、記録によつて明らかであるが、食糧管理法施行規則がその公示を命じたのは、供出数量の割当が決定された事実を町村等一定地区の一般人に対し、全般的に知らせると同時にそのような公示を要求することによつて、供出数量の割当決定上の不公正を避けようとするのが、その主眼であつて、公示をもつて、供出数量の割当決定の効力発生要件とする趣旨ではないと解するのが相当である。従つて、被告人に対する供出数量の割当決定は、その公示がなかつたという事をもつて、ただちに無効であると断ずるのは相当でなく、右と異る見解を前提とする論旨にも賛し難い。

(三)  被告人に対する通知について。

原審第二回公判における証人三村銀次の証言によれば、宇佐町長の発行にかかる、被告人に対する本件供出令書は、昭和二四年一月三一日、被告人方区域の生産組合長である三村銀次において、これを食糧調整委員から受取つた上、被告人の長男光藤方で、光藤に手交されたこと、及び光藤の居住家屋と被告人方とは約十町を距てていることが認められる。ただ、右の事実のみからすれば、供出数量の通知が被告人に対して有効にされたものと認められるかどうか疑問の余地があるようであるが、右証人の証言及び被告人に対する司法警察員作成の第一回供述調書の記載、原審第二回公判における証人青木武徳の証言によれば、被告人と光藤とは、居住家屋を別にしているとはいうものの親子の間柄であつて、同一の田地を耕作し、世帯その他資金関係を共同にし、三村銀次は、従前から被告人の依頼により、町役場から被告人宛の書類や、被告人から町役場宛の書類等は、すべて光藤方を通じて間接に取扱い、町役場関係の各種の手続、報告もの等はすべて光藤方を通じて連絡しており、本件令書も右のような特別の事情に従い、従前の例にならつて光藤方に届けたものであること、しかも同年二月、二、三日頃三村銀次において被告人方に赴き、被告人に対し、被告人の供米数量は三石四斗三升であるから二月十日頃までに完納するようにとの旨を督促した事実を認めるに足り、被告人に対する供出数量の通知は、供出期限前有効に被告人に到達した事実が明白であるというべきである。その通知に接することなく、供出数量を知らなかつた旨の被告人の弁解は到底これを採用するの余地がない。以上説示のとおりであつて、本件犯罪の不成立に関する論旨はすべて理由がない。

第二点(期待可能性)について。

弁護人の論旨によれば、被告人に対する本件供出数量の割当決定は、次年度耕作用の種子の保有を認めず、且つ被告人ら家族の飯米保有量の五分の三の供出を命じ、農業の継続を不能ならしめ、被告人ら家族の生存を困難ならしめるものであり、不能を強ゆるものであるから、被告人には期待可能性がないというべきである。というのであるが、被告人については供出数量割当の是正方の申請、若しくは、還元米制度の利用等による種子又は食糧確保の方途は残されているのであり、現に被告人は、昭和二二年産米については五石八斗は供出し、昭和二四年産米については、割当三石四斗のうち、二石四斗を供出している事実に徴しても、昭和二三年産米についての供出割当三石四斗三升に関してのみは期待可能性がなかつたとする論旨には左袒し難い。

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